… 風景画の部屋 …  

2004年初春「水彩画」を描いてみようと思いました。
その歩みを記しています。


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2008年は…
2008年01月01日 (火) 18:32 * 編集
#新年早々アップしたと思っていた記事が消えてしまってガッカリ。
#しかし、気を取り直して…(^^ゞ。


 一応、喪中ということになりますので、新年のご挨拶は遠慮させていただきます。

 2008年は絵を描き始めて5年目の年。
 絵を描き始めた時が大学入学と考えれば、もう社会人になる年です。それにしてはまだ幼いような気がしないでもないのですが(^^ゞ、またまた自分にプレッシャーを与えるために、絵について考えていることを書いてみましょう。

・大判サイズを描いてみたい。
 昨年末(といっても昨夜のことですが…)、私のこれまでの絵の中では想像もできないほどのサイズ、F60にアルシュを水貼りしましたが、これがその手始めになる筈です。
 このサイズをこれからもちょくちょく描くというものではありませんが、まあ、F30くらいのものは時には描いてみても良いかも…と、そんな気持ちになっています。

・作品と呼べるようなものをもっと増やしたい。
 この数ヶ月、何となく自分の絵の雰囲気が変わってきたような気もします。生意気にも、「作品」と呼んでもらえるような絵への意欲も高まってきたようです。
#作品と呼べるかどうかは、自分が感じるよりも他の人に感想を言ってもらって初めて、そうかなぁ?なんて思ったりする、実に情けない状態ですが…。
 いずれにしても、今までは殆ど描きっぱなしになっていたのですが、自分なりに、完成と言えるところまで突き詰めたいと思うようになっています。

 となるといずれは「個展」も…ということになるのですが…。
#とうとう書いてしまいました(^^ゞ。
 ところが、これがなかなか難しいということに最近気づきました。それは会場の確保の問題なのです。東京では会場費用が結構高いようですし、しかも1年ほど前には会場を決めないといけないほど需要が多いようなのです。
 作品と言えるようなレベルのものをもっと増やしてからでないと恥ずかしいことになるばかりですが…、徐々に考えていこうというような気分になりつつあります。

・光と影、空気感、思いのようなものが描けたら…。
 特に、田園風景や歴史的な集落・建造物などを描いていると思うことがあります。「この風景はいつまで残っているだろうか?」ということです。
 風景を描く場合、光と影、空気感といったものを描けたら…とは今まで感じていたことですが、最近は、滅び行く風景、儚さを感じる風景、あるいは一瞬の輝きを見せる風景に出会った時、特に感じる愛おしさのような感情、そんなものが描けたら…と思ったりします。
 遠い遠い目標です…。
180000
2007年を振り返って
2007年12月31日 (月) 18:34 * 編集
MM21

写真は横浜みなとみらい地区(本当は絵を掲載したかったけど…。)


 絵を描き始めて4年目、2007年ももう終わろうとしています。
 皆様には、今年もこのブログにご訪問いただきありがとうございました。

 2007年は、正月早々母を見送ることになってしまいましたが、その頃から、私の絵も少しずつ絵が変わってきたような気がします。
 その後ハガキ絵を描いてみたり、台湾・イタリア旅行では現場でスケッチを描いたり…と、今までになく様々な試行をしてきたのですが、もしかしたら、さらに自分の絵が変わってきたのかもしれないと思えるようになってきました。
#思い返せば、それらが今年のこととは思えないほど時間が経過したような気もします。

 その間、描いた絵をざっと振り返ってみると次のようなことになっていました。
  ・風景  81枚
  ・人物   2枚
  ・静物   4枚
  ・ハガキ 14枚程度
  ・台湾・イタリア旅行でのスケッチ
 当初は風景100枚ほどを目標にしていたのですが、11月中旬から何となく忙しくなってきてしまい、その後は枚数が増えませんでした。
#ちょっと心残りですが、数を目標にしていたわけではないので、これはこれはで良しとしましょう。

 2007年の年頭に考えたことは、次のようなことでした。

・もっと色彩の使い方を考えること
 でも相変わらず下手というか、納得いっていませんが、徐々に巾を広げて行くしかないか…と思っているところです。

・さらに大判サイズに挑戦すること
 いつの間にか、教室ではF8があたりまえになり、それまでのハーフパン固形絵の具から、チューブ絵の具とパレットに変わってきました。
 先日、F10を描いても何とか行けそうな気分になってきました。多少は前進したようです。ただ、今年はF10が最大で、その枚数も2・3枚でしかありませんでした。
 ただ、昨日ご紹介した60号パネルには年頭から挑戦することになるでしょうから、来年はもっと大判が増えるかもしれません。

・都市の風景、夜景、雨景等、今まであまり描いてこなかった絵にも挑戦すること
 イタリア旅行の絵を描いた頃から、都市の風景を当たり前のように描いてきたのですが、夜景、雨景はまだまだですね。
 夜景、雨景を描くには油彩もと考えたこともありますが、まだまだ水彩で良いかな?という気分が強いようです。やはり当面は水彩でしょうか。

 そんなことを思いながら今年が暮れていきます。
 このブログに来てくれた方々、コメントをいただいた方々、ありがとうございます。

 皆様、良い年をお迎え下さい。
「絵」を描くということ
2007年02月24日 (土) 16:07 * 編集
 今まで2年ちょっと絵を描いてきて、最近になってようやく、どういう方向で絵を描いていったら良いか、わかり始めたような気がする。

 昨日はカルチャースクールの絵画教室。
 画題は静物(花)だったが、最近のハガキ絵が続いたせいか、花を描くことに懸命になってしまい、背景を後で考える結果になってしまった。
#最初に、「花瓶から描く人がいるけど、それは結果として花瓶を描くことになってしまうから気をつけるように…」といった趣旨のコメントがあったことが頭にあったせいもあるんだけど…。

 この失敗があって、改めて絵を描くということを考えた。

 (言ったのは、誰だった…)友人に聞いた話しでは、「絵は第一印象が重要」とのこと。全く同感だし、これって意外と重要なことだと思う。
 つまり、このページを開いて見た瞬間、皆さんがどう感じるかということで、表現技術の問題はその後のことになるということだと思う。
#「人は見た目が9割(竹内 一郎)」という本があるが、まさにそれと同じことでもある。
 もちろん、内容が重要であることには違いないが…。


 これまでの仕事が関係しているのかどうか、あるいは私の性格もあるのかもしれないが、私はどちらかと言えば、説明的な絵が好きらしい。それは十分自覚している(^^ゞ。
 しかし、上記の言葉を考えると、絵は、やはり「物を説明すること」ではなく「そこで自分が感じた雰囲気(あるいは「美」ということなんだろうけど、今のところそれ以上の言葉が見つからない)」を描くことにあると思う。そのために、人それぞれのアプローチがあるんだろう。
 そう考えれば、私の場合、対象物を描くということからちょっと距離を置き、あくまでも画面全体を考えながら、より深くその「雰囲気」を描くために、描くポイントを絞り、そうでないものは必要に応じて「省略」や「ボカシ」をしていくことを考えるべきなんだろうと思う。しかし、それはあくまでも、自分が感じた雰囲気を最も良く表現するために…、ということである。

 絵の上手い人々は沢山いてそれぞれ素晴らしい表現を持っている。
 しかし、だからといって、自分がそうした表現をしたいかどうかは全く別。やはり自分が描きたいものがあって、それを自分の表現で描いていきたいと思うものらしい。
#もちろん、それもどんどん変化していくことになるのだが…。
 絵を描くことは「自分探し」だというのはそうしたことを言っているんだろうと思う。

 ありがたいことに、先生もこのブログを見てくれていて、先日の明治神宮のハガキ絵について「あぁいう表現ができればしめたもの」といったコメントを下さった。
#先生は、褒め(おだて?)上手なんです(^_^)。
 「雰囲気」を描く。(当たり前のことなのかもしれないけど)今までどうも踏み切れなかった感じがするが、ようやく、自分の方向が見えてきたような気がしている。
#方向が見えたというだけで、それ自体簡単なことじゃないし、これからも度々失敗することはあるだろうし、説明する絵も結構好きだから、それはそれとして、これからも描くことはあるんだろうけど…(^^ゞ。

 それにしても、私自身、風景には感じられる「雰囲気」が静物や人物からはなかなか感じられない。それに絵のイメージがなかなか生まれてこないのはちょっと辛いところか…(^^ゞ。
#まだまだ描いた枚数も少ないのに、自分でも贅沢なことを言っているとは思うんだけど…。
 昨日描いた絵は、どこまで修正できるだろうか(^_^)?



 今朝の新聞でPCのデスクトップに配置する「ガジェット」なるものがあることを知って、早速インストールした。

 また、TB(トラックバック)の受け取りができないようにしてしまった。m(__)m

迷い…?
2007年01月24日 (水) 10:17 * 編集
◆趣味?
 絵を描いていると「良い趣味をお持ちですねぇ。」と良く言われる。
 趣味?そうか、そう考えれば気が楽だなぁ。確かに画家になろうって言う訳じゃないし(画家になろうってんなら、もっと絵に集中していないといけないと思うし)…、でも、これだけ絵を描いているのは何のためなんだろう。

◆何を思って?
 絵は、もちろん、芸術的なセンスも大切だと思うが、それは簡単には得られない。もしかしたらそれは自分には無いかもしれないし…。その前に、頭の中のイメージを表現できる技術を着実に修得していこうと思って絵をスタートしたはず。
 絵を描いていると、当然のことながら上手に描きたい気持ちも強くなる。ブログなどでちょっと褒めてもらったりすると、ついつい嬉しくなってしまう。そして、もっともっと見て欲しい気持ちが生じてくる。
 それで一生懸命描こうとする。それが、感じたものではなく、見たものを表現しようということになり、次第に、写実的、説明的になり、つまらない絵になってくる。

◆どんな絵を描きたいのか?
 24日は風景画教室の日。規定時間終了後、20枚ほどが並ぶ壮観な講評になった。その中で自分の絵は何かチマチマ説明していて詰まらなかった。
 その後1時間ほど続けて描いた時は、細かなところが気にならなくなっていたが、それでも修正しきれないような気がした。
 ダメな絵になる時は、漫然と描き始め、いろいろな要素を絵の中に入れ込もうとしてしまう時。絵を描き始める前に、自分の感じたこと、描きたいことを確認することが重要だと思う。
#しかし、何も感じていないのに描かなければならないのは辛いものがあるのも確か。
 それができた時でも、私の絵は、他の人々が描くような絵(感覚的というか抽象的というか…)にならない。私の絵は対象をはっきり捉え、描こうとするものになってしまう。
 この教室に参加する人々の中には、4月に展覧会が始まる水彩展に応募する人々も沢山いる。でも私の絵は、とてもそういう傾向の絵になってない。だからこの状態のまま描いても仕方がないということは描く前からわかってしまう。
 自分の絵(なんて決まったものはないんだけど)を一度壊して作り直さなきゃダメということなのか…。

◆ブログで何を?
 最初は、自分史のように、自分の絵の足跡を残しておこう…ぐらいの気持ちだった。それで読んでくれる人がいれば…くらいの気持ちだった。
 でも、だんだんブログに訪れてくれる人が増えてくるにつれ、情けない話しだが、それに影響され始めてもいる。次第に、ブログに掲載するために絵を描いてしまっていると思うことも…。
 とにかく描き続けること、そして下手な絵、失敗したと思う絵も、そのまま掲載していこうと考えたこのブログだけど、時にはこのページを書きたくないと思うことも…。

 ブログをやめた人も私の回りでも何人かいる。そんなことを考えると、もっと自分のペースに戻すべきなんだろう。もっと自然に続けられるように。
 そして、自分が何のために絵を描いているのか、何をどのように描きたいのか、考え直して見る時期なのかもしれないとも思う。
今年もありがとうございました
2006年12月31日 (日) 15:00 * 編集
 今年ももう大晦日。絵にまともに取り組みはじめて2年目も終ります。
 多くの皆さんのコメントに励まされながらここまで来たような気がします。ありがとうございました。

 今年は、とにかくいろいろな絵を描いてみるという1年だったようです。
 そのため、このブログには十分練り上げないままアップしてしまったことも多く、その点に少し悔いが残っています。
 
 今年の年頭にあたり、一応次のような目標を設定していました。
・枚数より、作品としての完成度を高めること
・でも枚数はやっぱり100枚を目標にしたい(けどちょっと難しいか。80枚くらいかな?)
・より大判のサイズを増やすこと
・現地での絵を増やすこと

 概ねこれらの目標は達成できたように思いますが、同時に課題や、今後やりたいことも明確になってきたような気がします。

 現段階で考えている次の方向は以下のようなことです。
・もっと色彩の使い方を考えること
・さらに大判サイズに挑戦すること
・都市の風景、夜景、雨景等、今まであまり描いてこなかった絵にも挑戦すること(場合によっては油彩画への挑戦もあるかも)

 さて、来年はどうなりましょうかねぇ。
水彩画教室・講評
2006年12月23日 (土) 00:44 * 編集
 20日水曜日は今年最後の風景画教室。本当は「講評」が行われる筈だったんですが、時間を間違えてその後に予定されていた忘年会で今年最後となってしまいました。

 そんなわけで、本日の水彩画教室での「講評」は私にとって初めてのものでした。
 そして、今まで自分が感じていた問題点が、先生の話を聞いてますます明確になったような気がしています。

 まあそれは別にして、私なりに考えた本日のポイント。
・空間をいかに表現するか?構図はもちろんであるが、マチエール、色味、床と壁(空間)等々を考えること。色彩のバランスを考えること、滲み色は避けること?
・色味は個性表現につながるが固定的にならないこと。その都度モチーフを活かす(殺さない)よう色味を考える必要がある。
・背景の墨色は、(私の場合)あまりに墨っぽくならないようにするためにペインズグレー系、バーント系は避けた方が良さそう。むしろ色の進出・後退性を考えること。今不足がちな青系、インジゴ系を考える必要がある。
・そして、色彩はあくまでも相対的なもの。鮮やかな色彩と墨っぽい色彩を同時に使えばさらに墨っぽさが強まる等。バランスを考える必要がある。
・夜間は蛍光灯などの光のため青系が強くなる傾向があるので(隣り合った色彩との関係もあるが)必ず昼間の光で見直すこと。

 いずれにしても私の絵も次の方向を少し考えなければいけない時期に来ているような気がします。

 来年はそんな方向を考えてみたいと思っているのですが…。
 さて、どうなりますか。
これまで描いてきて
2006年10月21日 (土) 23:23 * 編集
 絵を描こうと決心したのが2003年の年末頃。ぼちぼち描き始めようとはしていたものの仕事の縛りもあってなかなか覚悟が決まらず、ようやく絵が進み始めたものが2004年の11月。それから2年になろうとしていますので、ここらでちょっと振り返ってみようと思います。
#こんなことを書くと、また自分を縛ることになるのかもしれませんが…(^^ゞ。

●とにかく手を動かすこと
 最初に考えたことは、とにかく枚数を描くことでした。それまで、着彩の絵を描いたことが殆どなかった私にとっては、絵の基礎的な技術を学ぶとともに慣れることがまず第一と思ったのです。
 また、絵は頭で描くものではなく、手が自分のイメージを実現するため、どれだけ自由に動くかということも重要だと思っていました。理想は手が勝手に動くというものだったのです。
 いわさきちひろ氏は、生涯で(多分30年ほどの間に)9000枚くらいの絵を描いたと言います。私は、これからでしたので、とりあえず死ぬまでに千枚というのを目標に考えてみたものです(^^ゞ。
 今年は年頭に100枚位を密かな目標においていましたが、枚数だけは何とかなりそうです。

●めざす絵の方向
 最初は、奥津国道氏の絵を見てスタートしたものですから、鉛筆できちんと下絵を起こして、それに写真に近いイメージで絵を描くのが精一杯だったように思います。ちなみに、奥津氏の絵を見て絵を描きたくなったのは確かですが、その中に「絵を描くには、表現する技術も必要だ」ということでその技術について書かれていたことも、奥津氏の本から入った理由でした。
 永沢まこと氏は、「とにかく作品と言えるものをまず30枚描きなさい。そうすれば絵が変わってくる。」というようなことを言っているようです。
 私の場合には、それが50枚ほどでしょうか。最初は、奥津式の絵を描いていましたが、だんだん自分の絵の志向も変化してきたようです。次第に奥津式への関心が薄れ、100枚を過ぎる頃から次第に自分らしい絵というのを志向し始めたようです。
 田舎の絵を描いている頃は、そういう表現しか自分には思いつかなかったというべきかもしれません。皆さんにも、一応見てもらえるような絵にはなってきたように思ったりしていますが、それでも心の中ではずっと別の方向も意識し、模索していたように思います。
 他の方の絵もいろいろ見るにつれ、完璧に描かれていないと思えるような絵の中に感動させられるものがあったりと、絵とは写真のように描くことではないという気持ちがどうしてもぬぐい去れなかったのです。ただ、私なりに絵にもリアリティが欲しいという気持ちも(そういう気持ちが強いとどうしても写真的になってしまう…)あって、そのあたりはどうしたら良いのかまだハッキリ見えないところです。
 教室に入った最も大きな理由は、これまでと違う方向が見えるかもしれないという気持ちがあったからでした。それまで自分ではなかなか実行できなかった現場で描くということ、静物や人物を描くということも、それ自体楽しいのですが、同時に、何かきっかけが見つかるかもしれないという期待もあります。それまでの、自分の絵画生活を変えてみたいというそんな気持ちも少なからずあったようです。
 その影響は、私の絵に少しは変化を与えてくれそうな予感があり、今の状況を肯定的に考えられますので、当面は、この生活を継続しようと思っているところです。
 こうした中で、下絵を細い鉛筆で描いたり、ペンで描いたり、太い鉛筆で描いたり、筆も一回り太くなったりといろいろ変わってきました。描く紙のサイズも、F4中心からより大判が中心になってきました。こうした状況も絵が変わる後押しをしてくれるかもしれないと思ったりしています。

 自分自身でも結構楽しみなんですが、私のブログに来られる皆さんも、私の変化を楽しみにしていただければ幸いです。
#変わると言っても、ピカソのように変わるわけではありませんからご安心下さい、と言ったらいいのか、ガッカリしないで下さいと言ったら良いのか、ちょっと微妙なところですが…(^^ゞ。

 考えてみれば、1年目は、絵に関する様々な情報を得るとともに、水彩画の基礎的な技術を学びながらとにかく絵に慣れることで、そして、2年目は、自分の好きな、描きやすい方法を探しながら、自分なりの絵を描いてみること、自分なりの表現を模索することで、時間を過ごしてきたような気がします。
#本当は、ここまでを一年くらいで…と考えていたのですが(^^ゞ。
 そして多分、これからが、「絵とは何か」を考えながら、「自分の絵」を模索していく、そんな時期かなぁと考え始めているところです。

●絵が面白くなってきた
 自分でも、「少しは絵が描けるようになったかも…」と思った頃から、絵の表現も徐々に自由になってきたように思います。
#まだまだ振幅が大きいのは仕方ありませんが…。
 そして何より、変わってきたのは、絵というものが結構楽しくなってきたことでした。
#意外と思われるかもしれませんが、実を言えば、始めた頃は何か没入できない気持ちを抱いたままだったのです。
#自分のイメージに近い表現ができるようになってきたからこそ、面白くなってきたと言うことなのかもしれませんね。


 ということは、まだまだこのブログも続けられそうだということですね(^_^)。
 そんなわけで、これからもよろしくお願いします。
雪国の風景について
2006年02月14日 (火) 17:23 * 編集
 ここ「風景画の部屋」を通じて知り合った友人からメールをいただきました。
#なんと、その方が「かみのやま」の出身だと言うので驚いてしまいました。

 ご返事のメールの中で書いたことですが、私がこうした雪の風景を描きたくなっているのは、まんざら思いつきでもないのです。それをちょっと書いてみます。



 昔から、日経新聞の最終紙面の右上に時々簡単なスケッチが掲載されていました。
#今は紙面構成が変わってしまったので、これからもそうかどうかはわかりませんが…。

 そこに前面に雪原のある屋敷林を持つ農家の絵があり、それがすごく心に残ったのです。
#忙しい時期でしたので、その時は、翌年の賀状のデザインにそれを使わせていただいた記憶があります。恐らく、10年ほど前のことです。

 今考えると、恐らく「林功」氏か「柴田耕」氏かどちらかの絵だと思います。というのは、そうしたスケッチでふと心惹かれる絵だなぁと思って署名を見ると、そのお二人だということが多かったからです。

 今回、雪国の絵を描きたいと思ったのも、それが心に残っていたからだと思うのです。

 また、背景の山々の風景については、昔、釜石の仕事をしていた頃、冬に釜石を訪れると回りの山々がいつもそういう表情で迎えてくれていたという思いがあるのです。
#この数年、山形方面に訪れる時にも、周囲の山々が同じ表情で迎えてくれているのも嬉しいものです。

 その頃は、こんな風に絵を描くことになるとは思いもしなかったのですが、絵を描き始めてみると、そんな風景を絵にしたい気持ちが高まってきてしまったのです。

 そうした意味で、私のイメージにある雪国の風景は、先に描いた絵が、その出発点だと言っても良いかもしれません。
どんな絵を描きたいか
2005年08月14日 (日) 20:58 * 編集
 改めて水彩画の世界をじっくり眺めてみると様々な世界があることがわかってきました。
#現代はインターネットがあります。便利なもので、何でも教えてくれます。

 まずは素材です。私は水彩絵の具は「透明水彩」だと思っていたのですが、透明水彩絵の具といっても、全てが透明なわけではないこと、そしてその他にもガッシュ、アクリルなどの不透明の水彩があることがわかりました。しかも、メジウムを変えることによって、油絵的な表現も可能であることがわかってきました。
 
 用紙もその種類が、結果に大いに影響することもわかってきました。
 
 水彩画特有の技法というものがあって、それによって表現の可能性が大いに広がることも判ってきました。
 
 そうした基礎的な情報を踏まえた上で、本題「どんな絵を描くか!」、です。
 
 書店の絵画関係の本棚を見ると、よくまあこれだけあるものだ!と思うほど本があふれかえっています。 
 ここで本の分類をするつもりはありませんが、少なくとも私の関心に従って整理してみると、段階的には次のようなものがあるようです。

・入門書
 (自分の楽しみのために)とにかく絵を描いてみましょう。こうすれば簡単に上手な絵が描けます。といったものです。
 「15分で描く」とか、絵手紙、そして線画をもとにした「淡彩」の絵を紹介するものは、こちらに含めておきましょう。

・一般技法書
 より本格的に水彩画を描くための技法を紹介するものです。これには、ウェット・オン・ウェット等、「水彩画特有の技法」を一通り紹介しようとするものと、著者の絵を中心に、そこで用いた技術を紹介するものがありそうです。

・上級技法書
 プロの様々な絵を紹介しながら、そこに用いられたワザを紹介するもので、さらなるステップアップを目的とするものです。

 このように、水彩、油彩、(色)鉛筆、水墨画等の分野について、それぞれの解説本があるわけです。その数は驚くべきものです。

 しかも、水彩画は簡単に描けるだけに、他の分野にはない特徴が存在するようです。
 つまり、観光パンフレットにおけるイラストから始まり、○○巡り紹介記事や絵はがきセットのような説明的なもの、さらには油絵等と同等に扱われる美術作品としてのものです。
 
 私の場合、自分の楽しみのためにだけ絵を描いていたいと思っているわけではないので、やはり作品として発表できるような絵を描きたいには違いないのですが、だからといって、展覧会で賞をとるために50号や100号サイズの、何か小難しい理屈をこねたような絵を描きたいと思っているわけではないのです。
 私は、私が感じたものを他の人にも共感して欲しいのです。それは、美しいものであったり、心が安らぐものなのです。

#世間には、醜いものや、汚いもの、騒々しいもの、トゲトゲしいものが溢れかえっています。わざわざ、そんなものを確認するような絵を描く必要はないでしょうから…。

 そして、それをいつも身近に感じていたいと思われる人がいれば、その人に持っていてもらえるのが一番の幸せなんだと思います。

 今は、そんな絵を描きたいと思うのです。


 それが、私には「風景画」であり、とりあえず「水彩画」だったのですが、今のところ、透明水彩の表現がそれに最もフィットしているように感じているのです。

#だから、水彩画では不可能だと思うことがあれば、自然と「油彩画」に手を伸ばすことになるのでしょうね。
なぜ「絵」を始めたか
2005年08月13日 (土) 21:47 * 編集
 最近、このブログのブックマークの記述方法を変更したくなりました。そんなわけで、昨日から水彩画関連のブックマークの整理と表示方法を変えようと、作業を始めていました。そんなことをしているうちに、今日は、あるブログの記事をずっと読む羽目になってしまいました。そこに感じられる筆者の深い知識、豊かな文才、そして、読者を期待していないかのような、また、自分を突き放したかのように淡々と書き進む文章に惹かれるものを感じたからです。それを読みながら、そんな風に、自分について書いていく場があっても良いかもしれないと思うようになりました。
 最初は、別の場にしようかとも思ったのですが、ここの絵も、いずれは別の場所に「ギャラリー」として再整理することになるでしょうから、ここはあくまでも「日記的な場」として、ここにそれを記していくことにしました。
 最初は、「なぜ『絵』を始めたか」です。

     *  *  *  *  *

 この数年の仕事の環境の変化や、様々な出来事の中で、仕事にしがみついていることの空しさを感じるようになってきました。同時に、これから何年生きられるかわからない先の人生が見えてきたのです。まだ定年には間があるのですが、これから何年続けるかわからない仕事より、これから多分2〜30年は続くであろうその後の人生の方が私には重要になってきたのです。
 この先を思い浮かべた時、老人と呼ばれるような年齢になってまで、地位や既得権益に固執している自分を考えたくはありませんでした。今更、金や名誉を求めてどうするのでしょうか?これからの時代は若い世代のものなのですから、彼らに権限をどんどん譲って、自分たちは必要とされる場にだけ請われて出て行けば良いのです。何とか生きていけるならそれ以上を求める必要はどこにあるのでしょう。

 そんなわけで「自分の身体を自由に動かせる体力があって」、「熱中できるものを持ち」、そして可能であるなら「ささやかでも他の人から評価してもらえるもの」があれば十分だと思うようになったのです。

 まず、体力の確保のためにと開始したものが2年前からのテニスです。おかげで、体重も8Kg落として大学時代の体重になりました。デブ体型がスポーツマンらしくなってきました。ゲームになれば、仲間は殆どが20年近いキャリアの人たちばかりですから負け続けていたのですが、最近は、勝てる回数も随分増えて来ました。
 さらに、テニスばかりでなく、身体が思うように動かなくなっても熱中できるものが欲しかったのですが、これは難しい。パソコン?音楽?いずれも嫌いではありませんが、どうしても受動的です。より能動的なものとして思い至ったのが「絵を描くこと」でした。以前友人が、「動」と「静」の趣味(私の場合趣味と言えるかどうか、ですが)を持つと良い、と言っていましたが、それとも符合するようです。
 小さい頃は絵を描いていましたし、もともと嫌いではないと思うのですが、それほど好きと言える程のものでもなかったように思います。ただ、これは奥が深いのでいつまでも終わることがありません。確とした目標が設定できるわけでもなく、少なくとも人生が終わるまでは成長し続けられることでしょう。それに、突然人生が終わったとしても周囲にあまり迷惑もかけないで済みそうです(^^ゞ。おまけに、絵を描くには対象を見る必要があります。風景画を描くことにすれば、自分にとって最も気持ちの良い風景に浸っていることが出来るわけです。もしかしたら、絵を描きながら世界中を旅するなんてことも出来るかもしれません。それこそ最高の気分です。おまけに、そんな風にして描いたものを評価してくれる人があって、対価を支払ってくれるというのであれば、こんな素敵なことはありません(^^ゞ。

 かなり自分に都合の良い理屈ですが、そんなことを考えながら絵を描くようになりました。
 実際に始めて見るとなかなか面白いものです。仕事の面白さも「難しさの中にある」と思っていましたが、絵の世界もそれに通じるところがあるようです。
 今のところ私の関心は「水彩画」に向かっており、それはそれで結構満足しているのですが、最近、油絵を勧めてくれる人がいるのでそちらも徐々に気になり始めてしまいました。これについては、しばらくの間迷ってみたいと思います。今は、友人に借りた「巨匠に学ぶ絵画技法」(J・シェパード/マール社)を読んでいるところです。
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