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 … 風景画の部屋 …  


 「水彩による風景画」生活の日常を綴ったブログ日記です。
 絵を描き始めた頃の絵は「絵画ギャラリー」に、そして最近(2007年~)の絵は「Facebook」に展示しています。

 「水彩画教室(四季彩の会)」の詳細はこちら。(室内教室は戸塚駅周辺、戸外スケッチは横浜全域から周辺地域)
 ・(4〜6月)の日程はこちら。(パスワードが必要) 

年末のご挨拶  

 2010年も静かに暮れていきます。

 今年は、絵を始めて足かけ7年目、丸6年が過ぎました。
 新年早々、大きな転機を迎えることになりましたが、そんな年ももうすぐ終わりです。新しい気持ちで新年を迎えたいと思います。

 今年1年も、絵の方は少しずつ進化していくことができたような気がしています。これもこのブログを見にきて下さった皆さんがいてくれるからこそ頑張れた…、そんな気持ちがしています。ありがとうございます。

*     *     *     *     *


 2011年には、自分の絵画生活をもっと前向きに具体化させていきたいものだと思うようになっています。
 つまり、ただ絵を描き続ければ良いというのではなく、そろそろ次の自分を見たいというところでしょうか?

・透明水彩で十分

 今までは時折、油彩画を描いてみたい…なんて思うことがありました。
 しかし、その前に自分の環境変化がそれを許さなくなってしまったのですが、それで却って割り切りができました。私には透明水彩で十分です。
  • 団塊世代がリタイヤするにつれて、これからますます透明水彩へ人々の関心が深まるだろうと思われること。

  • 透明水彩に抱く人々のイメージが多様であると同様に、それを画具として利用した際の表現の仕方も多様であり、それがとても面白いものであると思うようになったこと。

 そんなことを考えたからです。

・絵に籠めた心を大切に

 偉そうなことを書いてしまいましたが、私の関心はやはり「風景」なのです。「自分の絵」であれば良いというわけではないのです。
 花や静物、人物には、全くとは言いませんが、私の心が向かいません。抽象画や心象風景画の中にも、良いと思うものがないわけではないのですが、多分私はそういう絵をメインにしてはいかないでしょう。

 しかし、風景には私のような朴念仁の心にも届くものがありますし、私が感じたものを共感して欲しいという気持ちもないわけではありませんから、やはり風景を中心にしていくしかないでしょう。多分、そのためには「具象から半具象」というあたりが私の立ち位置になるんだろうという気がしています。そこにどれだけ私が感じたものを描き籠めるか…そんなことを考えながらこれからの絵を描いていきたいと思うようになっています。

・これからの課題

 風景の描写についてはある程度にはなってきたようですし、そこには私らしい表現の部分もあるようです。しかし、ただ描写するだけ、オーソドックスな表現を目指すだけではダメだということもあるでしょう。より絵画的な表現を目指す必要がありそうです。

 <絵画性>、つまり構図、色彩、表現形式?・形態?(具象性~抽象性・心象性)等全てにおいてそれをもっと見直す必要がありそうです。
 そして、最終的には<絵の品格=画品>をどこまで高められるか?それが課題になるだろうと考えるようになりました。

・個展はどんな形にしろ継続していこう

 昨年も水彩連盟に入選させていただきましたが、何となくこうした団体への応募はホドホド(もちろん手を抜くという意味ではありませんが…)で良いのかな?と考えるようになりました。
#もっと広く知ってもらう方が重要ではないかと思うようになって来たのです。

 私の場合には、もともと通常8号まで、大きくても10号くらい…なんて考えていたものですし、むしろ個展の方を重視して行くべきではないか…という考えになっているところです。 

 来年もよろしくお願い致します。
 
*     *     *     *     *


 来る年が、皆様にとって良い年でありますよう祈念しつつ、静かに新年を迎えたいと思います。

category: ●ご挨拶等

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町への道:F6横  

町への道:F6横

 ここは、郊外から飯田市街地に向かう道の一つ。
 正面に霧に霞んで見えるのが町のシンボル風越山です。

 もう年末。
 気分が落ち着かないので、気楽な1枚を描いてみました。

category: ┗ 風景10年

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晩秋・夕暮れの鐘楼:F8横  

晩秋・夕暮れの鐘楼:F8横
<F8:ウォーターフォード>

 まだもう少し田舎・伊那谷の風景です。 ここはやはり瑠璃寺。
 つかの間のことですが、その鐘楼が差してきた夕陽に照らされて良い感じ。そんな雰囲気を描いてみました。
 石垣の右手、遠方下方に私の田舎が見えています。
#そのためにこんな構図にしたんですけどね(^^ゞ。

category: ┗ 風景10年

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F6用スケッチバッグ  

F6用スケッチバッグ

 最近、教室で描く絵のサイズが最初の頃のF6から、そのうちF8やF10になり、また最近F6サイズに戻りつつある。一時期、大きな気持ちで絵を描くためにF8以上にしていたのだが、教室の時間内で描くにはF6は丁度手頃なサイズだと思うようになったからである。
 そう考えたら、急にF6サイズ用のバッグが気になってきた。今のバッグはF8用。ちょっと大きく感じてきたのである。私の場合リュックタイプが希望。

 ネットで探したところ、気になるバッグを見つけた。メーカーは(株)アートフィアーという。
 ホームページには、こんなメッセージが書かれていた。

 鞄の街、兵庫県豊岡(とよおか)。美しい日本海と山や川に囲まれた、豊かな自然と美しい風景のあるところです。円山川や城崎(きのさき)など画題に事欠かないこの街で、2006年、株式会社アートフィアーはスケッチという大人の目的旅のための鞄ブランドARTPHEREとして生まれました。


#以前見たTVでカバンの街だというのは知っていた。コウノトリの放鳥を始めたということも知っていた。おまけに私の田舎と同じ発音であるのも良い(関係ないか…(^^ゞ)。

 私の気になったバッグは写真のもの(ナチュラルII)。ポケットが沢山あり、ある程度のマチがあるのも使いやすそう。但し、HPの写真では色彩がわかりにくい。このページの下四つの写真のうち、左上がブラック、右上がカーキ、下2つがベージュで、実際にはもう少し濃い目の色彩だということだが…。
 だけどもっと高級なものや、奥津国道氏が開発に関わったものもあるようである。ホームページから感じられるこのこだわりが良い。
#すぐにとは言わないがいつかは手が出そうだ。φ(..)メモしておこう。

 このHPで説明されているもの以外に、ネットショップなどでは旧タイプ(ナチュラル…かな?)が出ているものもあるようだ。電話で確認したところ新タイプは<デュポン社の「コーデュラナイロン」に雨に強い「テフロン加工」を施した生地を使用しています。>ということのようである。



 25日、自転車を見るのと一緒にこちらも見てみようと、取扱い店である相鉄ジョイナス・トゥールズと高島屋に回ってみた。
 残念ながら、前者はもう扱っていないようだし、後者にはK-LINE?しか置いていなく、目的としていたNATURAL LINE Ⅱの色彩確認ができなかった。どうやら事前に電話確認しないと空振りになる可能性大である。

 その後、周辺状況を調べてみたが、現物を確認する意外に選択の決定はとてもできないと思うようになった。

category: ┗画具

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水彩画の表現  

 (透明)水彩で絵を描いてきて丸6年が過ぎた。それまでに様々な機会で考えてきた水彩画の表現などについて、ちょっと書き留めてみることにしよう。
#但しここでは、私の描いている透明水彩に限定しているつもり。不透明水彩やアクリルなどは考えていない。

●デッサンは着彩前にある程度は明確に
 油彩画と比較すればわかりやすい。
 よく有名絵画では、X線撮影をした結果、全く違った絵が隠れていたなどという話しがある。また、抽象絵画などでもキャンバス上でいろいろ絵が変化していった結果、最後の作品に辿り着いた…などという話しを聞く。水彩画ではとてもこういうわけにはいかない。
 それは、全く異なった色彩で上描きができないということによる。また、白抜き部分、明るい部分はやり直しが利かない。先の絵(清澄庭園の絵)を見ていただけるとわかるが、明るい部分(例えば左の枯れ葉)を残すのに回りを濃い色彩で塗りつぶしていかないとそれが表現できない(このあたりが引き算の絵と言われる由縁でもあると思うけど…)。
 つまり、デッサンはある程度着彩前に明確にしておくことが求められると思う。それにあまり拘ることもないかもしれないが…。

●塗り重ねを生かす
 しかし、水彩でも少しずつ修正しながら塗り重ねていくことはできる。大抵の場合、そうした方法で最初失敗かも…と思った絵を救うことができる。水彩画は淡彩スケッチのような場合を除き、色の塗り重ねで絵を作っていくことが普通だからである。私の場合でも大した絵ではなくても今まで廃棄した絵は多くても2~3枚に留まると思う。

 それを発展的に考えれば、次のような方法もあり得るのではないかと考えている。
 最近、強く思っているのが<鉛筆をもっと有効に使えないか>ということである。
 私の場合、下絵の線は最近アタリ程度になっているが、時折、鉛筆のタッチそのものを絵に生かしたいと思うことが多くなっている。最初はごまかしのような気がしてちょっと迷っていたが、今は水彩画らしい表現としてこうした使い方があっても良いと思うようになった。つまり鉛筆そのものを絵に生かして行けば良いということである。
 実は、このことは鉛筆に限らないと思う。パステルを重ねることもあり得るだろうし、不透明水彩などを重ねることがあっても良いのではないかと思ったりしている。
 要は、絵の中に効果的にであり、違和感なくちゃんと収まっていれば良いということではないだろうか?
#そう言えば、ドガはパステルを効果的に使っている。

●ダメだったら描き直す。次の絵に生かす
 水彩は描く時間が短くて済む。油彩のように最初に描いた絵を塗りつぶして別の絵を描き直すなんてことがないからそれは当たり前のことである。
 ピカソの「ゲルニカ」だって主要素を配置しなおした絵を何枚か描いた上で作品を完成させている。同郷の菱田春草の「落ち葉」だって何枚かの絵がある。
 失敗だと思えば、描き直せばいい。次の絵に生かせば良い。水彩画は油彩のようにキャンバス上でデッサンすることができない代わりに短時間で描けるんだから、それを生かせば良いっていうことだろう。

●水彩らしい表現とは?
 私自身は、ちょっとだけアクリルやパステルを使ったことはあるけど、基本的には水彩でしか描いたことがないからか、<水彩画らしい表現>にあまり拘ってはいないんだけど…。

 「油彩はマチエール」と言われる。水彩であってもそれを求めて下地にジェッソを使ってみたり、サランラップをしわくちゃにして絵の上に置いてみたりしている人もいる。あるいは塩などで水彩特有のマチエール的表現をしている人もいる。それもあって良いだろうと思う。私だってそういう表現をしてみたいと思うこともあるかもしれないし…。
 にじみ・ぼかしなど水を多く使った、筆跡を残さない、重ね塗りをしないような表現方法を水彩らしい表現としてそれに拘っている人もいるようだ。スパッタリングやスクラッチなどの技法もある。それも良いだろう。ただ、この表現方法は大判ではなかなか困難なので、小判に留まらざるを得ないのは残念だ。
 私自身は、もう少し自由に考えたいと思っている。となると色彩の塗り重ねが主体で、筆跡が残っても構わない表現方法ということなんだろうか?そういう描き方が油彩的だとも言われることもあるけどそれでも良い。自分の気分の赴くまま気楽に描いていたいというところ(笑)…かな?
 絵にとって大切なのは<自分らしさ、自分だけのもの>ということなんだから…。要は画材の問題じゃないんだから…。
#それでも、公募展などでは、いつも描いているF8くらいまでのサイズと異なって、全く違う表現方法にならざるを得ないところがある。そのあたりはちょっと悩ましい。

 最近、「自分の絵…とは何か?」そんなことを考える。でもこれも描きながらでないと先へ進まない。

category: ┗画論

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晩秋の清澄庭園:F6縦  

晩秋の清澄庭園:F6縦
<F6:ウォーターフォード>

 ここは「清澄庭園」
 比較的暖かい太陽の日差しが気持ちよい日、教室で皆と一緒に描いたもの。
#と言っても、ここでは仲間とは別に私一人。すでに先客がいたけどちょっと隣のベンチを失礼して描いた。
# 先日終了した「龍馬伝」の最終回ではこの庭園のことを「岩崎弥太郎が、ここで三菱社員の慰安と賓客接待をしていたこと。社員には『会社は、社会の役に立つ仕事をしなければならないものだ…。』というようなことを言っていた。」と説明しており、またちょっと関心を持ったりもした。

 ここには既に何回か来ていて、こうした庭園的な風景を描くのはもうやめたいと思いながらもいつもこの建物を描いている。格別の建物というわけではないが、水に浮かんだこの建物の鋭い鋭角の庇の印象が強いせいだと自分では思う。

 ところが、この日は筆を拭うための布を忘れてしまった。生憎ティッシュも忘れてしまった。ハンカチを使う気にはなれないし、仲間も近くにいないので、仕方ない、そのまま描いてしまったがやっぱり水のコントロールが上手く行かなかった。

 現地で描く場合には、大体8~9割方の完成で留めておいて最後の仕上げを家でするというような描き方になっているが、今回は現地で思うようにいかなかったせいで随分描き加えたような気がする。
 この、晩秋の静寂な庭園の雰囲気を描きたいと思ったら、それだけ描写的になったかもしれない。いつになく鴨を丁寧に描いてしまった。

category: ┗ 風景10年

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段丘の晩秋:F6横  

段丘の晩秋:F6横ウォーターフォード
<F6:ウォーターフォード>

 天竜川の河岸段丘からの風景。
 正面に見えるのは風越山(かざこしやま)(権現山とも呼ばれる)。飯田圏域に居住する人たちにとっては格別の思いのある山です。
#「風越山のご紹介:リンクしているブログより」
「風越山を愛する会」

 友人からもこの山を描いて欲しいと言われていて、帰省する度に見ているのですが、今回はこの時期特有の朝霧が残っているのかぼんやりとしか見えません。
 そう言えば、従兄弟からも朝霧の持つ空気感を絵では描けないものか…なんて宿題?を出されているので、そんなことを思い浮かべながら描いて見ました。
 朝霧をまともに狙ったものではないのですが…ちょっと実験的な風景です。もうちょっと手を入れたい気もしますが、対岸との距離感だけは上手く行ったかもしれません。「伊那谷の老子」加島祥造に書かれている「大きな谷」の雰囲気が少しは描けたようです。

 こうやって、たまには大きな風景を描いて気分を変えてみるのも良いかもしれません。

category: ┗ 風景10年

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山里の旧家と柿:F6横  

山里の旧家と柿:F6横ウォーターフォード
<F6:ウォーターフォード>

 ここは隣村で見かけた旧家と柿の木。
 伊那谷の民家・本棟づくりの形式を残しているように見受けられたのですがあちこち痛んでいる様子も見受けられます。でも、その方が絵になるような気がするのは絵を描いているもの特有の考え方でしょうか?

 しかし、いつものように厚塗り系の絵だとちょっと申し訳ないような気がしたので、今日はアッサリ淡彩気味で光の下の風景を描いて見ました。

category: ┗ 風景10年

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柿の木のある家:F8横  

柿の木のある家:F8横ウォーターフォード
<F8:ウォーターフォード>

 伊那谷の秋は、やはり柿の木が似合います。
 この家も、そんな一つです。

 このところ、ラファエルとレオナルド(レンブラント)の2本の筆を愛用しています。特にラファエルの筆は本当にお気に入りになりました。これはとても良い筆です。
#これほど気に入る筆ができるとは…。高価ですがそれだけのことはあります。
#ですが、これも人によって相性があること。鵜呑みにしないで下さいね。


PS:美の巨人たち 棟方志功『花矢の柵』より

 自分でないものからはじまってこそ
 仕事というものの本当さが出てくる。
 本当のものは他力なものから来なければならない。

 それにしても、川上澄生に触発されて版画をはじめたらしいが、自分の版画の一部に「先に行く人が邪魔です」なんてねぇ…(^^ゞ。


category: ┗ 風景10年

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大銀杏と社:F6縦(大鹿村)  

大銀杏と社:F6縦ウォーターフォード
<F6:ウォーターフォード>

 山里の秋です。
 大銀杏とその下のぽつんと建っていた社が、去りゆく秋を象徴しているような気がしました。
 しばらくどう描こうか考えていたのですが…、去りゆく農婦とからめてそんな雰囲気を描いてみました。

 そう言えば、ここには、「逆さイチョウ(逆公孫樹)」の巨樹がある。また、「福徳時のイチョウの落葉」も見てみたいものだ。いつか、そんな季節にちゃんと訪れたいものである。
#村の案内図はこちら(ご注意:左側が北)。

category: ┗ 風景10年

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納屋と柿:F8横(大鹿村)  

納屋と柿:F8横ウォーターフォード
<F8:ウォーターフォード>

 やはり車で走り回っている時、坂上にちょっと印象的な納屋の建物を見つけました。

 ちょっと惹かれるものを感じたそんな風景に、せっかくなので柿の木におでまし願いました(笑)。



 私の場合、絵を説明したがる傾向がある。だから具象なんだけど…。モチーフももっと絞り込んだ方が良いこともわかっているつもり。
#現代絵画は、もっと自己の表現や、見る人の心を揺さぶる、不安にさせたりもする…そんな方向を求めているような気がする。私の方向とは違うようだ。

 しかし一方、こういう風景から感じた何かを描きたいと思った時、抽象化しすぎたり絞り込みすぎたら、私が描きたいと思ったものをわかってもらうことはできるんだろうか?そんなこと、さらさら考える必要もないことなんだろうか?

 抽象絵画は、見る人との間に共有できるものがなければ何も伝えることはできない。何も感じることはできない。一方、超写実絵画は「わかりやすい」のが良いということらしい。
#最近(かどうかはわからないけど)の日展の受賞作品は超写実の傾向があるような気がしている。それぞれの絵から何も感じるものがないわけではないけれど、ふと面白くないとも思ってしまうのはどうしたことか…。

 絵とは不思議なもの。何が良いのか悪いのか…。しかし、確実に何かがあるのも確かなようだ。みんなそれを求めて描いているんだろうけど…。
420000

category: ┗ 風景10年

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柿のある坂道:F6横  

柿のある坂道:F6横ウォーターフォード
<F6:ウォーターフォード>

 昔、田舎(豊丘村)にあったありきたりの風景。

 今は見つけるのが難しくなりました。ちょっと寂しさを感じます…。

category: ┗ 風景10年

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